この記事を読むとわかること
- 「遊び」と「お遊び」の違い
- 好感度イベントの正しい位置づけ
- 「本編じゃない=価値が低い」という誤解
結論:「遊び」は軽いという意味ではない
FF7の好感度イベントは、
「お遊び」ではない。
👉 本編とは役割が違う“設計された体験”である。
開発者が言ったのは「ゲームならではの遊び」
野島一成 は、
- 主軸とは少し離れた要素
- ゲームならではの遊び
として説明している。
と説明している。
引用
烏山: プレイヤーが会話の返事を選択できる仕組みだと、シナリオ側で誘導したいキャラクターの感情とズレが生じる可能性が出てくるんですよ。
野島:とはいえ、みなさんが期待している要素ですので、好感度システムは主軸となるストーリーとは少し離れて、ゲームならではの遊びとして楽しんでもらえればうれしいです。
(出典:ファイナルファンタジーVII リバース アルティマニア)
「遊び」と「お遊び」は違う
ここは日本語のニュアンスの問題でもある。
- 遊び
→ 設計された体験
→ 意図がある - お遊び
→ どうでもいい余興
→ なくても成立する
👉 意味が全く違う
なぜ「お遊び」と言いたくなるのか
- カノン(正史)じゃないと安心したい
- 本編じゃない=価値が低いと感じる
この心理がある。
しかしこれは
👉 構造を価値の話にすり替えている
本編と役割が違うだけ
好感度イベントは
- 本編(固定)とは別
- 体験(可変)として設計されている
👉 上下ではなく、役割が違う
結論
開発者が語った「遊び」という言葉は
👉 軽いという意味ではなく、構造の区分である。
それを感情にまかせて「お遊び」と言い換えてしまうと、
👉 設計の話が、価値の話にすり替わる。
▶③(FF7は完全な自由分岐ではない──なぜFF7リバースは“ある流れ”を前提にしているように見えるのか)
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