「10年かけてこれかよ」という言説は事実として誤っている

FF15はクソゲーと安易に言われすぎ 作品考察

Final Fantasy XVに対して繰り返される「10年かけて作ったのにこの出来」という批判は、まず前提となる事実認識が正確ではない。

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「10年開発してあれ」という誤解の正体

よくネットで雑に言われる
「10年間ずっとFinal Fantasy XVを作っていた」は事実じゃない。

この“10年”の内訳はこうなっている。

  • 2006年:Versus XIIIとして構想発表
  • 2006〜2012年頃:実質的には長い停滞+再検討期間
  • 2013年:FF15として再始動(田畑端チームへ移行)
  • 2015〜2016年:実質的な集中的開発フェーズ
  • 2016年:発売

経緯

このプロジェクトは2006年にFinal Fantasy Versus XIIIとして発表され、当時のディレクターは野村哲也であった。しかしこの段階は、実際のゲームを継続的に制作していたというより、コンセプト設計や映像的なビジョン提示が中心の初期フェーズであり、製品としての開発が一貫して進んでいた期間ではない。

その後、プロジェクトは長期の停滞と再検討を経て再編され、2013年に田畑端の体制で『FF15』として再始動した。

実際のFinal Fantasy XVの主要な開発期間は約3〜4年であり、2013年の再始動から2016年の発売までが、実質的な制作期間にあたる。

したがって「10年かけて作ったゲーム」という表現は、企画発表から発売までの経過年数を単純に合算したものであり、実際の開発実働期間とは一致しない。


二択評価(「神かクソか」)という圧縮の問題点

本作に対して見られる「神かクソか」といった二極化した評価は、作品の実態を過度に単純化した言説である。

Final Fantasy VII以降のシリーズ作品は期待値が高く、情報の提示過程も複雑になりやすいため、評価が単純な対立構造に収束しやすい傾向がある。しかしそれは作品そのものが二値でしか評価できないことを意味しない。

特にFinal Fantasy XVは、ムービー主体の演出とプレイヤー操作による体験が混在する設計を持ち、その構造自体が評価の分岐点となっている。そのため、強く評価される側面と、受け手との相性によって否定的に捉えられる側面が同時に存在し、単純な賛否に回収できない。


「発売日組は被害者」という見方について

さらに「発売日組は被害者であり、後からプレイしたユーザーだけが得をした」という見方も一面的である。

発売初期には技術的な問題や未完成と受け取られる要素が存在した一方で、その時点でも作品を楽しんだプレイヤーは実際に存在している。
またアップデートや追加要素によって体験が変化したのも事実だが、それによってプレイ時期ごとの優劣が一律に決まるわけではない。

したがって本作の評価は、プレイ時期や環境によって分岐するものであり、「被害者/勝ち組」といった単純な二分法に還元することはできない。


まとめ

Final Fantasy XVに対する評価は、「10年かけてこれ」という時間的圧縮、「神かクソか」という二択化、そして「発売日組=被害者」という単純化によってではなく、開発経緯・作品構造・プレイ体験の差異を踏まえて理解されるべきである。


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