韓国ドラマを見ている間は幸せだ。それは本当のことだと思う。問題は、見終わった後に何が残るかだ。
見ている間だけ幸せな理由
韓国ドラマが与えてくれるのは「自分だけを特別扱いしてくれる男性」という体験だ。財閥御曹司でも、無口なエリートでも、粗削りな職人でも——共通しているのは「この女性だけを見ている」という絶対的な視線だ。
現実にそういう男性はいない。だから画面の中で体験する。その間は確かに満たされる。
しかし画面が消えると、現実が戻ってくる。
なぜ次の作品を探してしまうのか
韓国ドラマを見終わった後、すぐ次の作品を探した経験はないだろうか。それは「もっと見たい」ではなく「この空虚感を埋めたい」という衝動だ。
満たされたなら、次を急ぐ必要はない。急いでいるということは、満たされていないということだ。
コンテンツは現実を変えない
韓国ドラマが悪いわけではない。ただ、コンテンツは現実を変えない。
見ている間の幸福感は本物だ。しかしそれは、現実の人間関係や自分の生活とは切り離されたところにある。どれだけ韓国ドラマを見ても、現実の自分の恋愛が豊かになるわけではない。
満たされない何かがあるとき、人はコンテンツに向かう。コンテンダーはその穴を一時的に塞ぐが、穴そのものは残る。
それでも見るなら
韓国ドラマを見ることを否定したいわけではない。ただ「なぜ自分はこれを見ているのか」を一度考えてみることには意味がある。
現実逃避として割り切って楽しむのか、それとも本当は現実の何かを変えたいのか。
その答えによって、韓国ドラマとの付き合い方が変わってくる。
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